地元民だけ読める?『柴島』の名前の由来

柴島町は、大阪府大阪市の東淀川区に位置しています。

「柴島(くにじま)」という地名の由来には、いくつかの説があります。


1. 柴島神社の社伝による説

貞永元年(1232年)の大洪水の際、「仲哀天皇の森」と呼ばれる高地に避難していた村人たちのもとに、柴の束に乗った小さな祠が流れ着きました。

その後、水が引いて村人たちは救われたため、この祠を産土神として祀ったのが柴島神社の起源とされています。

この「柴の束」が地名「柴島」の由来とする説です。

(柴島(くにじま)の地名の由来 柴島神社 柴島メトロさんぽ(5))


2. 「柴」の字の読み方に関する説

「柴」の字を上下に分解すると「此の木」となります。

これを「くにき」と読み、雑木や炭の原料を意味する言葉として使われていた可能性があります。

「くにき島」が転じて「くにじま」となり、漢字表記として「柴島」が当てられたという説です。

(大阪水道の歴史と柴島(くにじま)の由来 - 大阪府保険医協会)


3. 「茎島」や「櫟島」からの転訛説

この地域にはかつて「茎(くき)の渡し」という渡し場があり、「茎島(くきじま)」と呼ばれていたことから、それが転じて「くにじま」になったという説があります。

また、櫟(くぬぎ)が多く茂り、柴薪として伐採されていたため、「櫟島(くぬぎじま)」が転じたという説もあります。

([PDF] 大阪を育んだ「母なる川・淀川」を知る)


これらの説は、いずれも地形や植生、歴史的な出来事に基づいており、地名の由来として語り継がれています。「柴島」の読み方や表記には地域の歴史や文化が反映されており、興味深いものとなっています。



ちなみに、柴島の『島』の方に関して、ですが、現在の東淀川区南江口・大桐あたりは縄文時代、淀川の河口だったと言われています。

河口付近の堆積物が洲となり、芦の茂る多くの浅洲や島がある「難波八十島」と呼ばれたそうです。それが由来となり、柴島などの「島」がついた地名が今もなお、多く残っているという説があります。

名前の由来が遠い過去、太古の昔にあるというのは歴史のロマンを感じますね!